実験と名のつくモノは、たいてい最終的に大爆発を起こして髪型がアフロになるのがお約束なのだ [雑談]
夏休みに入ってまもなくの話。
小3の長女が手に生卵をひとつ持って、仕事部屋に入ってきた。
「とっと、ガラスのコップってある?」
「え?たぶんキッチンにあると思うけど…どうした?」
「じっけんするの」
「実験?」
「うん、お酢にね、卵をつけてやわらかくするじっけん」
「!」
話を聞いた瞬間、小学生の頃読んだ「手品・奇術入門」に載っていた
1枚の絵が、強烈に記憶によみがえってきた。
それは
「卵がビンの中に入っている絵」
であった。
ビンはもちろん口が細く、どう考えても卵はそこから入らない。
でもビンに細工は一切していない、というマジックを解説したページであった。
そのタネ明かしの文章は、確かこんな感じだった。
『卵を酢に1週間ほど漬けておくと殻ごと柔らかくなるので、これを手で細長く伸ばし、
ビンの中に入れる。入れた後しばらくすると卵は元の形に戻るので、これで完成です』
(卵を殻ごと手で細長く伸ばす…?な、なんじゃそりゃ~~~~!)
超興味をそそられ、大興奮!
もう何が何でもやってみたくなって、
早速母親に卵と酢が欲しいとせがんだのだが…
「アホ。食べ物で遊ぶなんてアカンに決まってるやろ!」
と一蹴されてしまった。
「遊びと違う!マジックやねん!」
「マジックて、思いっきり遊びやないの!」
必死の抵抗もむなしく…卵を手で細長く伸ばしてみたい、
という夢は、ついに叶えられることはなかったのである。
「学校でね、夏休みの宿題で出たの。観察レポート書くんだ」
娘の声で我に返った。
「おおっ…そ、そうか!いい実験だな、それは是非やりなさい!」
「わかった、じゃ台所でコップ探してくる」
「ああ!待ちなさい。とっとが探してあげるから。お酢も必要だろ?」
「う、うん」
「よし、じゃあ一緒に2階に上がろう」
数十年ぶりに訪れたこの大チャンスを、絶対にモノにしなくては!
正直、それからの1週間は苦痛であった。
いちおう建前は娘の実験なので、出しゃばることはせず。
あくまで親の立場を取りつつ、だが心は酢漬けの卵に完全に奪われていた。
(早く伸ばしたい!伸ばしたい!)
キッチンの横を通る時、カウンターに置いてあるコップを
横目でさりげなく観察する。
3日目ごろから殻の表面に気泡がつき始め、
いかにも殻が軟化を始めてますといった風情。
(もう少しの辛抱だ…)
「とっと!卵見た?」
「ん?ああ、チラッとだけどな。何か変化あったか?」
「いっぱい泡が出てるよ。何の泡だろう?」
「ん~…さあ、なんだろうねえ」
受け答えもついそぞろになる。
出来ることなら1日中このコップのそばで、
卵が変化していく様を見つめていたい…
いや、さすがにそれはオーバーだけど、
数十年越しの思いというものは、
想定以上に強烈であった。
だめだ。
このままでは仕事に支障をきたしてしまう。
別に卵は逃げないんだし、とりあえず今の仕事が終わっら、
そのご褒美的なものとして、卵を細長く伸ばそう。
うん、そうしよう。
そこは大人。そこから4日間は、卵のことを忘れて必死で仕事に打ち込んだ。
さて、そんなこんなで修羅場明け。
スタッフさんたちも引き上げ、仕事部屋の椅子に腰かけたままぐったりしていると、
娘が仕事部屋に入ってきた。
「とっと、お仕事終わった?」
「うん、一応終わったよ。今編集さんに間違いとかがないかチェックしてもらってるところ」
「終わったら遊べる?」
「少し寝たら大丈夫だよ」
「あのね」
「ん?」
「卵なんだけど…ホラ、こんなになったんだよ」
娘が例の卵を手のひらに乗せて見せてくれた。
「すごい殻が柔らかくなってるの。触ってみる?すごくお酢臭いけど」
「いや!今はやめとく。あとで触らせて」
ここまでガマンしたんだから、思いを成就させる瞬間は、最高のシチュエーションにしたい。
ちゃんと睡眠をとって、風呂にも入って髭を剃って身を清めて…神聖な儀式に臨むのだ。
「とりあえず、写真撮っておこうか」
「うん」
「すごいゴムボールみたいなんだよ。プニュプニュしてる」
ふふふ。貴様、何を言っている?だからこそ細長く伸ばせるんじゃないか。
「○○(次女の名前)には見せたの?」
「ううん、まだ」
「見せてもいいけど気をつけてね。あいつ触り倒して壊しちゃいそうだから」
「うん、気をつける。こんなに柔らかいからね」
「 とにかくさ、コップに戻しておき…」
ペシャッ!
「あっ!」
…すごく…すごぉ~く、いやな音がした。
そして、すごく、すごぉ~く臭い匂いがした。
仕事部屋の床にぶちまけられた、酢漬け卵。
「ごめんなさい…」
忘れていた。我が家のクラッシャーは、
次女ではなく長女の方だったということを。
怒られると思って今にも泣きそうな顔をしている長女。
「こ…壊れちゃったものはしょうがないね…掃除しなさい…」
そういうのが精一杯だった。顔が引きつる…
「はい。でも、壊れる前にとっとが写真とってくれてて、よかった」
ぶちまけた卵を雑巾で拭きながら、長女が言った。
そうか。願い事ってそんな簡単に叶うもんじゃないってことか。
次のチャンスはおそらく2年後…次女が3年生になった時、同じ宿題が出るかどうかだ。
もしなかったらどうしよう?
その時はその時。
子供たちが成人して家を出て行ったら、
ゆっくり盆栽でも楽しむつもりで卵を酢漬けにしてみるか。
なんてことを考えていたら、もうどうでもよくなってしまった。
なんにせよ、1週間ほど仕事部屋は酢のにおいが充満してました。
仕事明けでホントよかった…
最後に。
これ、手品か?